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誰かの物語を聞く力。
大学教員・加藤 文俊が語る「記録」と「対話」の意味。 - MOVの100人インタビュー
--まずは簡単な自己紹介をお願いします。
加藤文俊(かとう・ふみとし)です。普段は大学の教員をしています。教員になってからは20年くらいになります。
専門分野は社会学で、コミュニティの人びとの生活について話を聞いて記録し、生活史・生活誌を作るような活動が主です。
まちへの思いや過去の出来事について話をしていると、単なる属性の情報だけではなくて、その人の背後にある歴史や生きざま、気持ちが出てくるものです。それをどう記録するか、ということに関心を寄せています。
--人の話を聞きに行くことには、どんな意味がありますか?
今、まちや地域のことを考えるときは、人口が減っているとか、地域のビジネスにどのくらいの収益があるかとか、そういう指標に目を向けがちだと思います。「シャッター商店街」なども、現地に行かずに論じている人が多いように思います。
もちろん後継者不足のことや高齢化など、「問題」と呼ばれることは確かにあります。けれど、当の生活者は、そのことを「問題」だと思っていないかもしれません。
明るく現実に向き合っている人たちがどのように暮らし、日常をどのように感じているかを知らずに語るのは間違いだと思っています。
だからこそ、とにかく出かけて行って話をすることが大切なのです。
同時に、僕が行う活動には、学生向けの実習として行う側面もあります。
メディアで言われているイメージに頼ることなく、現場でリアルな話を聞くと、学生たちも心なしかたくましく、良い表情になるようです。
--いろいろなまちの人を見て、地方と都市のどちらが幸せになれると思いますか?
何を最も欲しているかで、幸福度は大きく変わってくると思います。
お金を稼ぎたいのであれば、おそらく都市部の方が有利で、可能性が豊富ですね。それで幸せになれる人もいます。
でも、働きすぎれば身体を壊すこともある。もちろん、完全な自給自足の生活をはじめることも現実的ではない。そのバランスについては、都市か地方か、どちらが幸福かを考えて、いずれかをえらぶのではなく、両者のバランスを取ることにみんな苦労していると思います。
その点でいくと、学生の就職観も多様化が進んでいて、自分の世代との違いに驚くことがありますね。
--今の学生の就職観について、もう少し詳しく教えてください。
厳密なデータを持ち合わせていないのですが、ほとんどの学生が終身雇用はあり得ないと考えているようです。
1つは、自分がずっと飽きずに続けるのは難しいかもしれないという不安。もう1つは、変化が多いなか、合併やリストラがリアルに想像できてしまうということですね。
とりあえず数年でも、という気持ちで就職を考える学生が多いようです。
週に何回出社する必要があるのか、、勤務地の異動があるかといった点が、給料や福利厚生と並ぶ重要な条件になっているようです。その中で、リモートメインか出社メインか、異動を好むか嫌うかなどは、かなり多様です。
コロナ禍の影響は大きかったとは思いますが、変化自体はそれ以前からあったのだと思います。全員が「ステイホーム」という窮屈な経験をして、苦しみや疑問を言いやすくなり、「見える化」されたのではないでしょうか。
学生の様子を見ていると、企業側はこういう学生の変化に気づいた上でマッチングできているのだろうかと、少し心配になります。
--他に学生の様子で、最近変わったことは何ですか?
1つは金銭的な余裕です。
2010年代後半から、生活費や学費の一部のためにアルバイトをしている学生がかなり増えている感覚があります。アルバイトより勉強を優先しなさいと、軽々には言えなくなってきています。
2つ目は、コロナ禍による文化の断絶です。
新入生歓迎会や学園祭など、学生の行事のやり方は口伝えと直接的な体験で継承されていました。今、やり方を知らない学生たちが試行錯誤しています。その意味では会社よりも大学の方が、コロナ禍のインパクトは大きかったかもしれませんね。
そして最後に、やはり人と対面で接する機会が格段に減っていると思います。それで良いと感じている学生も多いようです。
ただ、つながりが希薄になったからといって、私たちが良心を失ったわけではないのです。事件・事故が起きたとき、自発的な助け合いが発生した話もたくさんあります。人間的な側面を表出させる場面が限られているだけで、きっかけがあれば出てくるものなのでしょう。
だからこそ、生身の人と接する機会が減っている学生が地方で暮らすの人びとに直接触れて、「それほど緊張しなくても受け入れてもらえた」というような経験をすることは、大切だと思っています。
--オンライン化や技術革新について、どう感じていますか?
対面はやはり必要だと思いますけれど、オンラインで済むことはオンラインでいいかなとも思いますよ。たとえば、授業は対面が良いですが、教員同士の事務的な会議はオンラインで十分な場合もあります。
でも、対面とオンラインの組み合わせについては、まだ誰も最適解を見つけていません。組織では状況に合わせた柔軟な決定が難しいことも、課題の1つです。
また、AIのサポートも便利ですが、経験や勘のようなものが信頼できるときもある、ということもあります。
コロナの影響下で学生時代を過ごした人たちが企業に入って、これまでの企業文化との衝突が起きているかもしれません。企業内の暗黙の了解が通じない場合もあるでしょう。
そういうなかで、これまでの文化の課題とこれからのバランス感覚について、若者は何かしら気づいていると思うのです。
若者は感度が良くても、その気づきを上手に伝えることができないかもしれない。上に立つ人は、使い慣れたルールを無自覚に押しつけるのではなく、感性の部分を大事にしながら、伝え方をどう教えていくかです。
僕も、学生とたくさん話すようにはしていますが、「昔はこうだった」とか「こうするものだ」とは、なるべく言わないように気をつけています。
--今後、地方をどうするべきだと思いますか?
大学の授業のなかから生まれた学生たちによるZINEのショーケース、The Selfish Zine - 利己的な「じぶん誌」のひとこま。MOVのショーケースaiiimaにて開催されました。
僕たちが話を聞きに行く人は、「調査を依頼して承諾してくれた人」というバイアスもあるのですが、地元愛が強い人がほとんどです。
しかし、まちや村の規模が縮小していくなかで、必ずしも「昔のように」活性化すべきとは考えていない人がいます。人間の衰えと同じように、成り行きに任せ、静かに縮小していくほうが良いというのです。
それに対する現実的な議論はあったとしても、1人の生活者の考えとしては、確かに納得できるものです。
まちを盛り上げるビジネスを否定するわけではありません。でも、学生の就職観にバラエティがあるのと一緒で、暮らしている人もみんな同じ考えではない。そのことを知っておくのが大事だと思うんです。知っているか知らないかで、見え方が違うと思うんですよね。
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